ウシ白血病ウイルスの撲滅
牛白血病ウイルス媒介昆虫の駆除
アブ及びサシバエは牛にとっては大きなストレスであり、その駆除は安定した肉牛、乳牛(乳)生産にとって重要である。
加えて、これらの吸血昆虫が媒介するウシ白血病ウイルス(BLV:Bovine Leukemia Virus以降文中、当該ウイルスあるいはBLVと記載)の拡散を防止する上でも重要である。
農林水産省の届出伝染病発生累年比較によれば、我が国の牛伝染性リンパ腫(ウシ白血病ウイルスによるリンパ腫)の発生件数は1998年には99件であったが、2020年には4,197件へと、約20年の間に40倍以上に増えている。牛白血病ウイルスは現在では広域に拡散していると思われるのである。
廃棄となったリンパ腫発症牛の体内にはどれほどの牛白血病ウイルスがいるだろうか。1億匹(ウイルスなので、匹、ではないが便宜上、匹、と記載)?1兆匹?それ以上?例えばエイズの末期患者の血液1滴の中にはエイズウイルスが1億匹以上いるとの記事を読んだことがある。また、コロナの重症者の咳の1粒には6千万匹以上のコロナウイルスが含まれているとも聞いたことがある。
ウイルスに感染し、ウイルスが増えた個体の内には想像をはるかに超えた数のウイルスがいるようである。そして、体表面に腫瘍が現れなくても、感染して時間の経つ牛の体内には膨大の数のウイルスがいることであろう。
ウシ伝染性リンパ腫発生件数(全国)
海外からの情報
外国でも問題となっており、例えばミシガン州立大学が、米国やカナダでの牛白血病ウイルス感染の拡大をネットで報告している。
また、米国カリフォルニア大学バークレー校の研究グループから出された論文の解説記事「Virus in cattle linked to human breast cancer by Sarah Yang, Media relations | September 15, 2015(ウシのウイルスはヒトの乳癌に関係していた)」には以下のように述べられている(部分抜粋訳)。
【カリフォルニア大学バークレー校の研究者たちは、ウシ白血病ウイルスの感染がヒト乳癌に関連していることを初めて明らかにした。研究者らは239人の女性の乳腺組織を分析し、乳癌患者のサンプルの59%がBLVのDNAを持っていたことを明らかにした(注:BLVはRNAウイルスであるがホストゲノムに入り込む際にDNAへと逆転写される。)
当該ウイルスは、殺菌されていない牛乳や不十分にしか調理されていない肉を消費することによって感染するのであろうし、また、他のヒトから感染するのであろう。】
牛白血病ウイルスを防除する3つの方法
1.ワクチンの開発
ウシ白血病ウイルスはRNAウイルスであり、RNAウイルスに対する有効なワクチンを作るのは容易ではない。現在のところ、実験室段階では作られているが、実用化には多大な費用と時間がかり、実用化されていない。
2.当該ウイルス抵抗性遺伝マーカーの利用
BoLA(Bovine Leukocyte Antigen)遺伝子群のうちのDRB3遺伝子について特別な遺伝子型を持つウシに当該ウイルスが感染しても、ウイルスは増えることができないことが知られている。抵抗性型DRB3ハプロタイプ(遺伝子)をホモで持つ種牛を育種できれば、この精液を用いて生まれたウシは全て抵抗性になり、ウシ白血病ウイルスの問題は解決する可能性がある。
※ウイルスに対する抵抗性は通常複数の遺伝子に支配されている。筆者らは、当該ウイルス抵抗性型ハプロタイプを2つ持つ種雄牛の育種を検討中であるが、DRB3以外の抗ウイルス遺伝子を解明する、抗ウイルス遺伝子を持つ個体内のウイルスが本当に増えないかのフィールドテストを実施する等様々な研究が必要であり、研究予算20億円程度と7年間程度の研究期間が必要と思われる。
3.吸血アブ・サシバエの物理的捕獲
今直ぐにでも実施できるのが、アブ・サシバエの捕獲である。アブの数が減少すれば、ウイルスに汚染された血液中のウイルスを他のウシへ媒介する確率も下がる。例えば極端に、放牧地におけるアブの数をゼロに出来るなら、アブによる新たな当該ウイルスの感染はゼロとなる。
牛(人類も)にとって大迷惑なアブを減らす方法はないものか。ダニの駆除には良い塗り薬があるが、アブに対しては牛の体表面から駆除する薬はない。しかし、物理的にアブを捉え、100%ではないが、駆除する手段が2つある。次に、この手段について説明する。
牛舎内のアブ・サシバエを捕獲する
「ホルスタイン模様粘着シート」
牛舎内にいるサシバエを駆除するのは難しい。酪農業では殺虫剤を使うのも問題があるであろう。箱形のアブトラップでは牛舎内作業の邪魔になる。そこで、粘着シートが良いのではと考えた。
しかし一体どのような色の粘着シートが牛舎内にいるサシバエを効率的に捕獲するであろうか。
そこで、黄色、青色、黒色の粘着シート(A4サイズ)をベニヤ板に貼り、空の牛房牛内に1週間置き実験した。この時、「白黒まだら模様はもしかしたら効果があるのでは」と思い、ホルスタインのまだら模様の粘着シートを試作し、同時に並べて実験した。
結果、黄色256匹、青色329匹、黒色118匹、ホルまだら模様530匹、のアブ(あるいはサシバエ)が捕獲された。ホルまだら模様が一番良かった。大型のアブも数匹捕獲された。
牛舎作業の邪魔にならないよう、内壁に貼る、紐を通して壁に掛ける、餌箱に貼る、天井から吊るす、2つに折って吊るす、などが考えられる。使い勝手を考え、あまり大きくないA4判とした。広い面積で用いたい場合は2枚、4枚と用いればよいからである。
「パイボちゃん」は、ハウスの中の有害昆虫も吸着できる可能性があると思っている。野菜や果物を生産する農家でも、ぜひ試していただきたい。
実験1日目
比較実験の様子
アブあるいはサシバエが獲れている
放牧地のアブを捕獲するアブトラップ「半次郎」
アブトラップが普及すればウシ白血病ウイルスの蔓延を防止できると考えられるが、それほど普及していない。理由は、販売されていない、ところにあると思われる。
かつて、大型のものが販売されていたが、値段が高すぎたのか、大きすぎて運搬が不便であったのか、また、アブを誘引するために二酸化炭素を用いるなど、複雑な手間が必要だったからかもしれない。
白石研究員が提唱したアブトラップは十分有効なのだが、自分で製作するのは大変である。ある県のホームページでは、作るのは簡単、と紹介されているが、木材パネル、棒状木材、アルミ材、透明ポリカーボネートパネル、脚用鉄骨アングルの購入、それらのカット(大体のカットはホームセンターで有料)、木材部分の塗装、鉄骨アングルの穴あけ、材料購入時の運搬、等すべてを考慮すると簡単ではない。
加えて、買いたくても売っているとろがない。誰かがこれを製作し、販売し、全国の畜産農家が使えるようにするべきである、と思い、製作を始めたが、以下のような改変すべき点があった。
先ず、90cm×90cm(畳半分)サイズのこのアブトラップは重く大きく、一人では運ぶのが難しい。そこで、これを半分(畳4分の1)の大きさにし、一人でも運べるようにし、アブ捕獲能力に差があるかのテストを行った。
結果、畳4分の1サイズの方がかえって多くのアブを捕獲した。そして、これまでのアブトラップを約半分のサイズにしたので、「半次郎」、と名付けた。
また同時に、脚を短くしたアブトラップもテストしたが、短脚アブトラップでは多くのアブを捕獲することができなかった。ある程度の脚の高さが必要ということである。
「半次郎」のサイズは横84cm、縦(脚を除く箱部分)42cm、奥行き42cm、鉄骨アングル脚4本とボルト、ナット類を加えた総重量は約18kgである。(写真)放牧地に置いておくだけで、電気などの動力源や誘引物質を必要としない。
かつて、ある牧場で、白石研究員が示すアブトラップを25台作り、放牧地に1ha当たり1、2台置いたところ、1シーズンで総計3万匹以上のアブが捕れた